最近、僕のブログ見た人に青山プロのプロフィールを紹介・・
プロフィール
青山 弘一「アオヤマ、ヒロカズ」 日本プロサーフィン連盟公認プロサーファー
1952年11月20日生まれ 56歳 京都市在住
1970年 京都同志社大学の1年生の時に波乗りを四国で始める。
1974年 同志社大学卒業
1977年 京都で始めてのサーフショツプ ノースポイントを創業
1978年 この年から2007年までノースショアーに毎冬1-2ヶ月間、
ビックウエーブに挑戦し続けている
1982年 JPSAプロテストに5位で受かる 最終ランキング23位
久我孝雄 糟谷修司 らと同期生
1983年 JPSA最終ランキング32位
1984年 日本人が日本人のプロサーファーをつかって始めて作った16ミリ映画「アジアンパラダイス」に出演 する。監督は石井秀明・・・
1984年 サーフィングクラッシックSCに「大阪ハングリーパワー」というコラムを書く・・・
1997年 サーフィンワールドのHBDの宣伝を1年間連載
1998年 サーフィンライフのコラムを2年半 連載
2005年12月 日本人で初めて25フィート「高さ12m」のワイメアに乗る。
サーフィング雑誌 サーフ ファースト2007年37号に
見開きで25フィートの波の写真が載る。
38号に18フィートのワイプアウトの写真が載る。
2005年 全日本マスターズ水泳 50-54歳クラス
200メートル平泳ぎで優勝
2007年 新春マスターズ水泳で55-59歳クラス
短水路200メートル平泳ぎで日本新記録樹立 2分44秒00
短水路100メートル平泳ぎで日本記録樹立 1分14秒88
2007年全日本マスターズ水泳100メートルを日本記録で優勝
1分18秒61
2006、7年夏 KBSテレビ「チャチャチャ」にサーフィンスクールのインストラクターとして出演
2007年6月 朝日新聞週間情報AIAI「あいあい」京都にプロサーファーとして掲載
2007年7月KBSラジオ 山崎ひろしの番組に出演
2008年KBSテレビの「ちゃちゃちゃにワイメアの波にのる京都の国際人で1時間青山弘一の番組を放映・・
2008年1月サーフ1のワイメアの見開きに載る・・・
2009年ハレイワインターナショナルコンテスト、シニアクラス優勝「あのレジェンドのジャックサーザーランドさんに勝つ・・」
2009年200メートル日本短水路選手権で自分の日本記録を更新・・2分43秒25
JPSA公認ショートボートプロサーファー 1982年取得
NSA A級ジャッジ保有
ISAインターナショナルジャッジ レベル1 保有
「青山弘一のコンセプト」
僕、青山弘一「あおやまひろかず」は18歳で波乗りと出会ってから56歳の今日までの38年間、片時も海のことを考えなかった日はないぐらい、波乗りというライフスタイルをも変えた生き方に真髄している。
「何がそうさせたのか?」 この質問には波乗りを体験した者にしかわからないサムシングエルスがあると思う。
波乗りとは一言で言えば波に乗る行為。・・・ルーツをひも解けば、その昔にキャプテンクックがハワイを発見した時にはもう、原住民の間で波に乗っていたという記述もあるぐらいハワイではポピュラーなスポーツ。
ハワイが原点ではあるが波があって板「サーフボード」さえあればどこでも出来る手軽なスポーツがサーフィング。
21世紀になった今、世界各国で流行しているが、ここ日本でも湘南から1960年代に始まったとされている。
一度この魅力に引きずり込まれたら忘れられない時空をも越えた体験が出来るのがこのスポーツの魅力と言えるだろう。
波乗りをしているサーファーにその魅力は?と聞いても必ず明快な答えが出ないのが波乗りの魅力の答えである。
これは僕が考えるに波に乗っている時は何も考えていないし、何も考えることが出来ない状態にあるのではないだろうか?・・・・・「トランス状態とでもいうのだろうか?」・・・
波乗りとは地面が「海面」が動いている所を滑っている四次元的なスポーツである。それにもまして波に乗っているサーファーはそのほとんどの人が波に乗っている瞬間を覚えていないのである。
これは「無」の状態。すなわち「空」の状態ではなかろうかと思う。
それだけ気持ちのいい行為なのではなかろうか?エクスタシーな気持ちであろう・・・
波乗りとは風が起こした波に乗るという自然の中の行為。
波乗りは東から昇る太陽で始まり西に沈む太陽で終わりをつげる。自然の中で海の匂いを感じ波の音を聞き魚や鳥たちを身近に感じられるスポーツでもある。
そんな素晴しいスポーツを僕はみんなに伝えていきたい。
波乗りと僕は出会ったことにより価値観や世界観や自分の生き方まで変わってしまった。
こんな素晴しいことをみんなに伝えたいのが僕の今に気持ち。
サーファーは海でごみをしないし、街でもごみをしない、そして健康的な生き方をしていると思う。
この僕は京都という海から遠い所に生まれたんだけどハワイのワイメアの25フィートの波に乗れる。そして、これからも60歳までは今と同じように大きい波に乗って生きたいと思っている。波のない京都で何故大きい波が乗れるんですか?という、質問を良くされる。その答えは大きい波がすきだからこそ大きい波に乗るために町で毎日泳いでいるんだよ、と答えている。小さい波と大きい波は違うスポーツといってもいいぐらい格差がある。
波乗りは38年やってきたからある程度乗れるが大きい波に乗るには基本的な体の維持がとても大切である。僕は明日に大きい波がきても乗れるように毎日が練習であるとかんがえている。
いつも体を100点満点の状態にもってきている。波が目の前にない分頑張りたいという
「ハングリーな精神」大阪ハングリーパワーがそうさせているのかも知れない。
だから海のないここ京都でハワイのワイメアの波に乗れるのかもしれない。
僕は今日本人で一番歳がいっていて大きい波に乗れるプロサーファーである。いや、年に関係なく、日本人で一番大きい波に乗れると思う・・・
人間頑張ればなんとかなるものである。
信念を持って努力すれば夢は現実となる。
僕は昔からあのワイメアの大きい波に乗りたい、乗りたいと思っていた。
そして夢は実現となった。
これからは波乗りの楽しさを皆に伝え、大きい波の感動を皆に伝えたい。
ハードコアでは、海のないところにいても世界のビックウエイバーと同じように大きい波に乗れるサーファーを日本から育てていきたいと思っている、
そして、ソフトコアでは波乗りの楽しさを女性や中高年、子供たちにも教えてもっと波乗りが社会的に広まるように伝えて行きたいと思っている。








































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