34 posts categorized "青爺伝説"

May 17, 2015

ハワイでの今年の波、ロッキーポイントです。

今年は小さい波でもがんばっていましたよ。

ハワイが波がいいですが、



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April 09, 2012

波に乗ることによって精神的に癒される・・波に乗ることをテイクオフとはうまいこと言ったものだ・・波乗りのテイクオフは飛行機からの離陸のような感じがする・・現世から来世への旅立ち・・・

波に乗った感覚をサーファーはあんまり思い出すことができない・・なぜだろう・・・・


リップやチューブなど、部分的には思い出すことができるのだけど、テイクオフの時はどんな状態だったのか・・?

波がどんな形でテイクオフからリップまでどんなように足をうごかしたか?わからない・・・・・


全体的にどんなふうに、テイクオフしてボトムターンして、リップしているのか・・?まったく覚えていない人もおおいだろう・・・・・

波に乗った瞬間は無になる・・トランス状態になる・・・

自分のライデイングをビデオでみたらおもいだすが・・・乗った後にどんなふうに乗って、どんなふうなラインをしたか・・?覚えてない人がほとんどだろう・・・・
これはぼくが思うにテイクオフの瞬間から・・・いきなり4次元の世界に入る・・・


波乗りのテイクオフは飛行機の離陸や・・・スキーのジャンプのように、「テイクオフ」という・・・なぜだろう・・・


うまいこと言ったものだ・・・誰が「テイクオフ」となずけたのか・・?

たぶんアメリカの人だろう・・・カルフォルニアあたりのレジェンドか・・?

それとも・・ハワイで波乗りを覚えたメインランドの人であろう・・・・英語であることはまちがいない・・・


大昔・・キャプテンクックがハワイを発見したときに波乗りはもう始まっていたから、ハワイ語でテイクオフに近い言葉があるのかもしれない・・・

波に乗るはハワイ語ではフイオヘナルという・・・

それにしても、波乗りの「テイクオフ」とはうまくなずけたものだ・・・

現世から、来世へ・・・そんな感じだ・・・3次元から・・4次元に行く感じである。

波乗りは地面が動く異次元のスポーツである。・・・
スキーや陸上のように地面がとまってるスポーツとも違う・・・

川を下るカヌーに少し近いが、波が動いて打ち寄せる波に乗るのは、波乗りだけである。

波乗りは水面が動く・・そして遠心力で波にボードがくっつく・・・波乗りはサーカスの円の中ですべる・・・オートバイのようである・・・波に乗ったり、チューブの中に入った瞬間は空中をも飛んでる感じもする・・・


まことに波乗りとは、本当に不思議なスポーツである。・・


そして、気持ちの良いスポーツだ…

気持ちがよくて体が鍛えられる・・・


波に乗った後は幸福感と満足感と達成感がある・・・波乗りが終わった後の、けだるい感じは水泳とも違う。


最高の遊びをも越えた、スピリリュアルなのが波乗りである、


僕が思うに、もう波乗りは地球規模で、新しい文化になるかもしれない・・・


1950年に、全世界に広ろまった、ばかりの波乗りの文化はまだ半世紀あまり、しかたっていない・・

僕たちは波乗りの創世記に生きている貴重なサーファーである。

そして・・ワイメア、パイプライン、ウルワツなどが発見されたときに波乗りをしていたという良い時期に生きている。
もっとも、誇りに思うのは海部ポイントや日本海の若狭湾のSPポイントを僕が見つけて、みんなが波乗りをしていることだ・・


これらのポイントは、これからも永遠に語り継がれるポイントであろう・・・・


そして、波乗りはたくさんの人が体験してはまり・・・これからも波に乗る気持ちよさを世界の人々が経験して広がっていくだろう・・・・


僕たちが死んでも、1000年後・・10000年後も地球に陸と海がある限り

波は延々に崩れ続け、僕たちが見つけて、波乗りをしているポイントは永遠に語り継がれるであろう・・・


そう、そんな、波乗りの創世記に僕たちは生きていて幸せである・・・・。

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March 26, 2012

僕もハワイのモクレアでサメに当たられた経験がある・・噛まれなかったけど、次回からサメの目をついてやるぞ・・この漁師はサーファーの鏡みたいな人だ・・足をかまれても、サメと戦い殺したという・・すごい・ぼくも参考にしないといけない、心から尊敬します・・

「生きるぞ」と励まし合い、サメと闘い救助待つ
読売新聞 3月26日(月)9時13分配信

村田さん、下池さんと面会後に様子を報道陣に語る山崎組合長(25日、鹿児島県奄美市で)=高橋幸子撮影

 鹿児島県・奄美大島沖の東シナ海で23日、鹿児島市の喜入町漁協所属のはえ縄漁船「春日丸」が転覆し、2人が行方不明になった事故で、救助された乗組員4人の話などから、転覆や漂流の状況が判明した。

 真っ暗な海で「絶対に生きるぞ」と必死に励まし合い、襲ってくるサメを撃退しながら救助を待ち続けたという。

 乗組員4人と25日に面会した漁協の山崎力組合長(67)らの話によると、遭難信号が発信された23日午後3時20分の直前、奄美沖を航行中の春日丸を右舷から大きな波が襲った。当時の波高は2~2・5メートル。船は大きく傾き、ほんの数分で横倒しになった。

 操舵(そうだ)室にいた機関長の村田勉さんは遭難信号を発信。急激に海水が入り込み、北川勝人船長は救命胴衣を着る指示を出す余裕もなく、脱出するだけで精いっぱいだったという。

 転覆直後、北川船長ら乗組員6人は救命いかだに乗り移ったが、転覆の衝撃で破損したのか、少しずつ空気が抜けていった。いかだをあきらめ、北川船長と下池力さんは浮輪や木枠をつかんで漂流。村田さんら他の4人は発泡スチロールや漁具などをロープで体に縛り付け、離ればなれにならないように互いにつないだ。荒れた海で4人は漁船からどんどん遠ざかり、そのうちにサメの群れに襲われた。現場海域には、どう猛なイタチザメなどが生息しており、村田さんは両脚をかまれながらも、体長1メートルほどのサメ2匹と格闘し、両腕で締め付けるなどして殺したという。

 村田さんらは「絶対全員で生きるぞ」と声をかけ合って救助を待ち、約7時間後、巡視船「かいもん」のゴムボートにいったん救助された。しかし、ボートを巡視船に引き揚げる際、松山和則さんと佐々木弘さんが転落して行方不明となった。

 一方、北川船長と下池さんは転覆から約15時間後の24日午前6時17分頃、巡視船「くだか」の潜水士に発見、救助された。 .

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September 16, 2010

32年ほどまえのリップが出てきたよ

32年ほどまえのリップが出てきたよ
この写真は丹後半島の八丁浜の幻の灯台レギュラーの波だ。実はサーフィングワールド6月号昭和56年です・・・昭和ですよ・・・昭和天皇ですよ・・戦後35年後ですよ・・ここのポイントは今はテトラが入って波乗りができない。

プロサーファーになる前の年ぐらいにプロのカメラマンに写真を撮ってもらった。

プロサーファーになったのが1982年だから1980年ぐらいの写真だ。


確か27歳ぐらいかなあ。若いなあ、楽しかった、波乗りしか考えていなかったが、この時ヒロツグは6歳ぐらいだった。波乗りばかりやって子育てはしてなかった時代だ。マイホームパパとは反対のマイペースサーフィングの時代であった・・・

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April 14, 2010

青山弘一プロ、「青爺」の最近の1日・・・・

僕は朝8時ごろ、のんびり・・・起きてくる・・・朝は小倉さんの、「かつら」をみて、ゆがんでないか?・・・よくみる・・・いつも、少し浮いているが「笑う」・・・・

そして・・・大好きな、イタリアンローストの豆をひく・・・・

お湯を沸かす・・・・コーヒーの味で今日の調子をみる・・・・胃の調子とか・・・うまくコーヒーをいれれるか・・・・そして甘いビスケットか、チュコレートで、ブラックのコーヒーを飲む・・・・今は四国の飛行船の豆・・・いつもは下鴨ベルデイー焙煎のコーヒー豆・・・・・

そして、人間国宝を見る・・・・円ひろし・・・か、月亭はちみつをみる・・・たまに京都がでてるから・・・近所の誰かでていないか?・・?なんて・・・チェツク・・・

そしたら・・去年に二条城のお琴の先生の神原佐知子先生がでた・・・・「なんと・・・」昔プロサーファーになりたいと、僕の店に来ていた・・・・

テレビで波乗りの写真がでてきたら・・・ノースポイントの板が出てきてびっくり・・・・

面白い事もあるね・・・・

そして。。。11時ぐらいからマラソンを1時間・・・鴨川をゆっくり・・・ロングスローデスタンスで走る・・・・・


僕は1980年の終わりから1990年ごろはトライアスロンにこっていた・・・皆生トライアスロンや琵琶湖トライアスロンもでたことがるよ・・・・

そして、店を開ける・・・12時半・・・お昼は弁当持参・・・

息子が店にいれば。・・・・・丸太町のトウスイカイのプールで1,5キロほど・・・のんびりおよぐ・・・アウトドアなので・・・裸で泳ぐ・・・体が日に焼けるのだ・・・・プールは温水でアウトドア・・・


だだでハワイやバリにいったみたいになる。・・・体は真っ黒で、波乗りうまそうにみえる・・・・「そこし・・ミーハーです」・・・すいません・・・・

そして店に3時ごろに行く・・・・

今は店は暇だからこんな感じでブログを書く・・・・・

そして店でテレビをみる・・・・・


たまに店に外人の観光客がくるから・・・適当な英語でしゃべる・・・・


そして・・・天気予報をみる・・・店で孫と遊ぶ・・・・怖いママがテニスから帰ってくる・・・

店で本読んだり・・・波乗りのビデオ見て・・・イメージのみトレーニング・・・・板のシエイプの形とか・・・考える・・・

そして・・・・


午後の9時に店を閉める・・・下鴨の世界遺産の「糺すの森」に自転車で帰る・・・

9時半ごろ・・家に帰る・・・・・お風呂にはいる・・・・10時半か11時に遅い、・・・晩ご飯をたべる・・・


晩御飯を食べながら・・・缶ビール、1本をのむ・・・

そして・・・ニュース、ステイションを見て・・・・12時には寝る・・・・・

そうして・・・青爺の暇で平坦な1日は終るのだ・・・・・
良く・・・サーファーに・・・

いつ?なみのりするんですか・・・・と良く聞かれる・・・ワイメアに乗るプロサーファーだから・・・誰もが思う不思議ですよね・・・・・

京都みたいに、波がないとこで・・・なんで・・・ワイメアに乗れるのか・・・・

昔波乗りたくさんしたかr・・・後はワイメアは経験と・・・体力で乗れます・・・


体鍛えていたら・・・・ビックウエーブにのれるから・・・

でも毎年の1ヶ月のハワイと・・・夏に毎月、1か月のうち10日「トータル60日」ぐらいは波乗りするから、そして秋には日本海で20日間ぐらいします・・


こうみえても、ずいぶん波乗りやってる、でしょ・・・でしょ・・・

平均して毎年、1年間で100日はやってるかも・・・・波乗り初めて40年もやってるから・・・ね・・・・

トータル・・4000日かー5000日は一生でやっています・・・・・


すごいですね・・・みなさんは何日波乗りを「今まで」やりましたか・・・?


1000日で毎日やるとすれば、大体3年ですから・・・・

僕は毎日なら10-13年ぐらいやっています・・・良くあきないものですね・・・

まあ・・・みなさんも、あきずに・・・波乗りやってくださいね・・・・マハロ・・マイド・・チャチャマンボ・・

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June 26, 2009

最近はコンビニとか携帯電話が普及して20年前とは違う世の中になっている事にみんなきずいて欲しい・・便利な世の中ほど怖いものはない・・・・でも子供たちの笑顔と愛は永遠である・・・

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     今、この世の中で、子供達に地球があと数日しか、なかったなら、なにがいりますか?
     と問えば、

     ほとんどの子供達が「お金」と答える。


       生きるために地球の機能が動かなくなって、生き残るため    には何がいるか・・・?


      震災の時を思い出して欲しい。・・・

       ライフラインが止まったら・・・

       

      人間が生きていくのに必要なものは「火と水」である・・・

     


    これは太古の昔から変わらない・・・・・
     


     そしてその質問には子供たちばかりではなく、我々大人でもお金と答えるであろう・・・
     それは今の子供たちは ・・・・コンビニでものが、何でも買える便利な
     世の中になったからだと・・・・そして友達との連絡は携帯電話で・・・・
     便利な世の中にみんな当たり前と思いすぎかも・・・・?
     

    そして、その子供たちが・・・<水と火>と答えた子供達がほとんどいなかったことからも解かるように、
     この21世紀になりあまりにも便利な世の中になってきて、ほんとうに大切な
     ものは何か大人達でもわすれかけている。
     
     いまこの地球的な観点から考えてみると<自然>というもっとも身近で大切な
     ことを忘れかけているのではないだろうか?
      
     サーファーは波に乗るときは板一枚で太古の昔から同じ事のくり返しである・・・

     もっとも自然に近いスポーツ・・・嵐の中で津波の中でサーファーは生きる、死ぬを味わう・・・

     これほど、サバイバルなスポーツはない・・・だから・・・大きい波に乗るサーファーはサバイブするのがうま    
     いのかもしれない・・・
     もしタイムマシンに乗ってたった100年前でもいいから戻ってみて
     子供達に同じ質問を問い掛けてみれば、ほとんどの子供達が<水と火>という
     答えがかえってくる。
     それ以外にもうひとつ大切な言葉もかえってくることに驚かせられる。

         それは<お父さんとお母さん>である。

     <家族>の絆ほど大切なものはない。

     そんなことも思いつかない世の中になりつつあるのではないだろうか?。。。。。

     その昔、四国の猟師たちはマゼの風<南>よりコチの風<東>の時には
     必ず岸に船をあげたそうな。。
 
     いいつたえは<親から子へ、子から孫へ、、>とうけつがれていく。

     僕達サーファーもこの自然から受けるエネルギーを21世紀の子供達に残し
     ていきたいとおもっている。

     この笑顔は僕がスンバワ島に行った時の子供たちの笑顔である・・・この島には電気もほとんどなく
    水と火が重要なことがわかる・・・

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May 09, 2009

日本新記録でました!

日本新記録でました!
100メートル平泳ぎは1*14*90で自分の日本記録にあと0 *02秒で足りずでした。午前中に行われたので悔しさをバネに200メートルは必ずねらうと心に決めてレースに挑みました・200メートルは自分の持つ日本記録が2*44*00でしたので今回は2*43*25でやりました。皆さん、応援ありがとうございました。

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February 15, 2009

2月14日のバレンタインデイの土曜日「和歌山で波乗り・・・」

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チーム員の増岡君と朝の4時30分に京都を出発する・・・4月のような暖かさの中、いつもなら京都の街を北のほうに向いて日本海に行くのだが、今日は南のインターから名神に乗る・・・・・

2月の大雪でいつもなら北の方面の雪道を、寒い、暗い、日本海に行くのだが今年はおかしい・・・・

暖かい・・・4月か3月のような天気だ・・・このごろは波や気候が読めない・・・・・


さぁ、海に行こう南に「ダウンサウス」だ・・・

くるまを朝方の暗いうちから名神高速を南方面に走らす・・・・快適にエンジン音をうならせながら、1時間半もすればもう和歌山である・・・・


早い早い・・・

昔なら大阪の市内をぬけていくんだけど・・・最近は関空が出来たので和歌山の御坊や磯ノ浦は簡単に速く行く事がでくる・・・・

伊勢も新名神が出来たので2時間半で行く事が出来る・・・・

インターネットや車や高速など・・・最近は便利な世の中になったものである・・・・・


昔は波もわからない、車もボロボロ、天気もNHKの7時前の天気予報が一番新鮮で確かだった・・・・・

今はコンビニがあり、夜中でもビールやパンや色んなものが便利に手に入る・・・そして女の子もトイレがどこでも出来る便利な世の中になったものである・・・


その昔サーファーが伊勢に行く時は・・・・

ヤンキー「松坂の暴走族」


が大阪や京都のサーファーを狩る


「サーファー狩り」ってのがあって


、女の子や子供家族連れで夜中に海に行くのは危険なときもあった・・・・


もうだれも知らない過去の話であるが・・・・


そして、伊勢に行く時は伊勢自動車道の安濃インターに夜中にサーファーが休憩によって、土曜日の夜中の2時ごろは伊勢のような賑わいであった・・・・

もうそのころを知るサーファーは40歳後半から50歳のレジェンドサーファーであろう・・・今はそんな昔話を知っているサーファーはロングボーダーぐらいである・・・・こんな事があった関西の歴史も風化するまえに誰かが伝えなければならないかもしれない・・・

この増岡君もそんな昔の80年代のサーファーの生き残りのようなボロボロの車に板を積んで海に行くのが好きなサーファーである・・

その昔、僕の丁稚をやっていたので「はいはい」と車に板を積んだりお湯を持ってきたり、先輩のゆうことを良く聞く・・・・僕だからゆうことを聞くのであって・・・誰でもゆうことを聞くわけではない・・・僕が大きい波に乗るから波乗りで尊敬できるから、ゆうことを聞いてくれる・・・最近の若い子はみんなが僕たちのゆうこと聞くわけではない・・デタッチメントである・・・

弘嗣を筆頭に一人で海に行く若い子が増えた・・・彼らはサーフショップに行くのもいやで、先輩の「下積み」・・・「丁稚の事・・・」・・・「先輩の言うとトオリにする人の事をいう」・・・もいやなこが多い・・・丁稚したら波乗りを教えてもらえるのにね・・・

仕方がない世の中になったものだ・・・便利なよのなかになってインターネットでものが買える便利な世の中になったから・・・彼らは海での「こんにちわ」ができないのかもしれない・・・


今からの「波乗りのポイントブレイクでの礼儀」は挨拶に始まって挨拶に終るのではないだろうか?・・・どこの社会でもこれが当たり前のことであるがこの当たり前が出来ない世の中になるのが僕は少し怖い気がする・・・


挨拶であるが、せめて古いサーファーのいる・・・レジェンドのいるポイントではローカルからビジターに声をかける余裕が欲しいものである・・・

・・・歴史の浅いローカルはビジターが挨拶をすると思っているが、それは間違いでローカルだからえらそうにすることはない・・・こちらからしてもいいのではないだろうか?・・・大人であれば・・そしてそのローカルが他のポイントにも行くのであれば・・・

ハワイやカリフォルニヤではみんな海で会えば「ハロー」って挨拶はしてくれる。いきなり海を見てたら入るな・・・とはいわない・・・ルールの悪い奴や大勢で海に入るわけのわからない奴には怒るのは当然である・・・教育である・・・そうやって日本の波乗りのシビリゼイション「文化」が出来てくるのである・・・

話はそれたが、日本の「波乗りの文化」も我々みたいな50代が増えれば良くなるんだけどね・・・、これにはまだ日本の波乗りの歴史が浅いのであろう・・・そして30代後半や40代ではまだ自分が波乗りが 「したい・・したい・」・ という 「波のりの欲」 が強いのであろう・・

それもわかるが余裕を持って人に波を分け与えてあげるのも自分が大きくなっていいのではないだろうか?・・・

何事も因果応報である・・・いいことを他人にすれば自分に必ず帰ってくるし悪い事をすれば必ず自分自身に帰ってくる・・・・

さあ・・・海に行ったら1回でも人に波を譲ってみよう・・・気持ちよくなること間違いないよ・・・海で空き缶ひとつでもひらうのもいいかもしれない・・・ハワイではみんなやっているよ・・・

そんなんで和歌山ではみんながローカルから挨拶をしてくれて

増岡君と非常に気持ちのいい思いをした・・・・波は磯ノ浦で頭から肩のいい波であった・・・・


磯ノ浦のみなさん・・・大阪の皆さんぜひ・・・日本海のいい波にものってくださいね・・・みんな歓迎してくれますから・・・・

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January 18, 2009

あけましておめでとうございます・・・今年もよろしくお願いします・・

12月4日に日本を出て42日間ハワイでしたが最初の1週間とあとの1週間は波が良かったんですが、中の1ヶ月間は雨と曇りで水は茶色で波は肩頭で30年間ハワイに通い続けて最悪な年でした・・・・

大きい波のワイメアはありませんでしたが、そのかわり大会で優勝できて実はうれしかったです・・・

とりあえず・・・無事に帰ってきたのと大会の報告です・・・・

39回ハレイワインターナショナルコンテストで見事  「優勝」  出来ました・・・・

念願のハレイワ国際大会でシニアメンクラス  ショートボード  「40歳以上」でハワイのレジェンドのジャックサザーランドを破り見事優勝できたのは一生の思い出となりました・・・・

ついでに出た50歳以上ロングボードクラスでも準優勝でき最高の年になりました・・・・

でも自分としてはワイメアで最後の写真残す積もりだったので悔しいです・・・・


年末年始のワイメアアタックは今年で終了とさせていただきます・・・・


ご声援ありがとうございました・・・・・ハレイワで優勝できたのでこれで思い残すことなく年末年始ワイメアアタック終了できます・・・・ありがとうございました・・・・


でもワイメア乗るのは60歳か65歳まで止めませんからご安心を・・・・・

ただ年末と年始の日本人としてのお正月を捨てて30年間自分にご苦労様と言いたいです・・・・

来年からは1月10日ぐらいからにしますからご安心を・・・・ハレイワの大会も終了です。・・・・Dsc01596


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October 12, 2008

今の写真・・・・

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ママと弘嗣・・・Dsc01357

青山パパ・・・・・・

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